いつか言葉に撃たれて  桃水ブログ 

個人の見解であり、真実と異なる場合もございます。

古教心照 吉田松陰先生編 士気七則

一、死して後已むの四字は、言簡にして義かぬ堪忍果決、

  確乎として抜くべからざるものは、是をおきて術なきなり。

右士気七則、約して三端となす。曰く「志を立てて以て萬事の源となす。

交わりを選びては以て仁義の行いを輔く。書を読みて以て聖賢の訓えをかんがふ」と。

士荀に此に得ることあらば、亦以て成人と為すべし。

 

 

【訳】

一、「死而後已」という四文字は、言葉としては簡単であるが、

  そこには深い意味が込められている。意志が強固で忍耐強く、

  そして決断力があり、絶対的に、その志を変えることが無い場合には、

  この言葉を以て表現するのが最適である。

以上、士気七則であるが、これを要約して、三か条とする。すなわち「志を立てることをすべての出発点とする。交流する相手を選ぶことによって、仁義の行為を学ぶことが出来る。書物を読むことによって、古来からの聖賢の教えを学ぶことが出来る」と。士は、真実このような言葉から自得することが出来るならば、学徳の完成された人とすべきである。

 

江戸時代の文献などに触れると分かるのですが、

今よりよっぽど自由に自分の意見が言えたのだと分かります。

特に幕末は議論が活発だった、印象があります。

今は、組織からあふれると、食っていけなくなるため、

間接的に、自由な発言が出来ない。

ですから、ベーシックインカムなんて思想は、

議論が活発になり、よりよい社会になるかもしれないと、

期待してしまうところであります。

イエスマンばかりでは、本当に国が沈んでしまう。

自分の身を破滅に追い込む革命的思考など無くても、

平和的に変えていくことが出来ると思う。

否、変えていくという気さえいらない、

どうしても変わってしまうのだと思います。

ただ、この時代の変化の中で、

犠牲者を出さない政策を、政府には期待します。