いつか言葉に撃たれて  桃水ブログ 

個人の見解であり、真実と異なる場合もございます。

真ん中もっこり水曜日  21,4,21

もっこり三年 かき八年

 

【スターの言葉】

彼は自分の存在は、今、

この街の誰よりも駄目な存在になっていると思い込んでいた。

また誰にも真似できない、

妙な真似ができるっていう自信もあったんだ。

彼の考えることは山ほどあった。

君にもそんなことないかな。    (尾崎豊さん)

 

【思い出の歌】

15の夜       尾崎豊さん

落書きの教科書と外ばかり見てる俺

超高層ビルの上の空 届かない夢を見ている

やりばのない気持ちの扉破りたい

校舎の裏 煙草をふかして見つかれば逃げ場もない

 

80年代の中学校は、暴走族のバイクがよく校庭に入って来ていた。

他の学校の不良グループとの喧嘩では、

鉄パイプで頭を殴り血が高く噴き出すシーンを何度も見た。

埠頭で大人数で喧嘩していると、軽トラックが入ってきて、

人を次々とはねたりしていた。

初期の尾崎さんの歌は、そんな時代に流行った歌。

僕も小、中学校では、よく喧嘩をした。

試合でフルボッコと喧嘩でフルボッコは全然違う。

戦いは勝ったときこそ気持ち悪い。戦わず逃げるが一番。

戦わない奴が戦う奴を笑うのは正しいと思う。

避けられる戦いは避けるべき。

車の教習所の写真見てたら、左目の上青く腫れている。

あの日も駅で喧嘩したあと、教習所に入所したっけ。

今なら傷害事件になるようなこと、そこらへんで起きていた。

尾崎さんはそんな時代のカリスマ。

今とは全然違う日本だった。

でも、今の方が悪党は生きやすいし多いと思う。

そして悪党ほど出世して、安定した生活を守られている。

 

”盗んだバイクで走り出す”

この時代のバイクはだいたい、

キーの下のカバー外して配線繋ぐとエンジンかかったし、

ハンドルロック外すのも割と簡単にできたため、

不良はその辺に停めてあるバイク、

盗むというより借りて乗り捨てることがよくあった。

勿論僕はしてませんよ。

 

インベーダーゲームなど出始めのゲーセンでは、

コイン投入口蹴りいれるとコインのカウントされて、

不良は、みんなただでやっていた。

そんなことして大丈夫なのかと聞いたら、

ワルのやっている店だからいいんだよ!と言われ、

そんなもんかねと思った。

 

 【好きな作家の言葉】

日は暮れて夜となり、夜はあけて昼となる。

大変化がやがて世界を掩う、

欧米は古代東洋の精神文化に憧れて精神化し

東洋は西洋の物質文明を取り入れて繁盛するだろうと。

            (柳原白蓮先生 昭和三十五年八月)

 

【好きな有名人の言葉】

お金や他人の評価より、自分の生きている意味を、

どれだけ感じることが出来たかどうかのほうが、

仕事においては大事な事だと思う。  (アントニオ猪木氏)

 

【娯楽主観】

誰かの新作や、誰かの新曲を待ちわびている。

今の日本、世界にそんなものがあるだろうか。

最近の娯楽作品で、やられた、悔しいと思えるものはなくなりました。

昔は、皆の憧れがテレビに出ていたけど、

今は、ああいう人にはなりたくないという下劣な人ばかりテレビに出ている。

 

特に今は、人も金も高潔なところには集まらないようです。

 

テレビを使って出演者が何かしらの意見を主張したら、

それに対しての反発の責任は、制作者側に在ると思う。

それが殺人をほのめかす脅迫めいたものでも、

責任は製作者側が取るべきだと思います。

そうしないと製作者は犯罪者を作るような、

挑発的な番組製作が可能になる。